かきことば。

壁に掛けられたそれらに漂う、心をほっと解くような温かさ。富士河口湖町に暮らす堀内昭宏さん。彼は生まれつきの脳性麻痺により言葉を話すことはできませんが、今日もクレヨンを手に、色と線で想いを伝えています。
絵を描くことが日常になったのは、特別支援学校に通っていた頃のこと。美術の先生に勧められて絵画コンクールへ出品した作品が入賞したのがきっかけでした。それ以来、絵は欠かすことのできない生活の一部に。今では週に5 日福祉作業所に通いながら、金曜の夜は絵画教室で絵を描いています。

「何かひとつでいいから趣味を持たせたかったんです」。そう話す母・里美さんは、制作中の彼の心には立ち入らず、いつもそっと見守ります。「絵の時間は、彼だけの世界なんです」。母のまなざしには、昭宏さんの想いを感じ取る深い理解と愛情がありました。

絵画教室の上條暁隆先生も、彼の想いに寄り添うひとり。「彼の中にはもう完成図があるんです。だから教えるというより、静かに見守っています」。しんと静まり返る教室の中には、迷いのない線が、ゆっくり、絶えずに描かれる音だけが響きます。その背中に誰も口を挟むことはできません。最近では、町のレストランや病院、役場などにも作品が展示されるようになりました。絵を目にした人たちが、思わず立ち止まり、表情をやわらげていく。そんな光景が日常の中に広がっています。

いつも穏やかな笑顔を浮かべている昭宏さん。けれど、その笑顔にも揺らぎがある。嬉しさ、はにかみ、照れくささ、ふとした戸惑い、小さな怒り…。言葉はなくとも、そこには確かな感情があります。時折見せる、何かを伝えたそうに、そっと母の腕へ手を伸ばす仕草。そんなとき母は、言葉ではなく、わずかな触れ方の違いからその気持ちをそっと汲み取るのです。

「障害を隠さず、ちゃんと見てもらいたい。それが本人のためでもあるし、社会にとっても大切なことだと思うんです」
日本各地へ出かけた旅も、親しい人を招いて催した成人式も、それら全てが昭宏さんを孤独にせず、多くの人や経験に接する機会を持たせたいという家族の願いでした。これまで触れてきた景色や思い出や愛情が、彩り豊かな優しい彼の絵には表れているのでしょう。

絵も、笑顔も、仕草も、すべてが彼なりの言葉。それを見つめ、受け止め、そっと寄り添う親子の日々がそこにありました。言葉だけではない対話のかたちを、彼らは私たちに教えてくれているのかもしれません。