作りたいのは、
皆が「クスッと笑顔になれるもの」
リビングの机に材料と道具を広げて、作品作りの準備を整え終える坂本さん。まずは粘土を手に取り、丁寧に練っていきます。出来上がりのイメージに合わせて樹脂で色味を馴染ませながら、時に力強く、時に優しく撫で付けつつクリームの生地を作っていきます。作っているのは、イベント出店の際にもよく作っているというモンブラン。とあるテレビ番組でマカロンが粘土で作られていくのを観て、自身も作品作りを始めるようになったといいます。先程までの少し緊張気味で照れ臭そうな様子から一変、真剣な眼差しで茶色い生地をクリーム用に細く糸状にしていきます。
彼女が作っているのは、粘土・パテ・ニス・樹脂などを用いて、まるで食べられそうなほど本物そっくりの食べ物に似せた模型の『フードフィギュア』。和食、洋食、中華、スイーツなど、これまで約14年間で作った作品はなんと1000点以上。「色を付けるのが一番楽しい作業」という言葉に裏打ちされたように、卓上に並ぶフードフィギュアたちに施された色彩表現はまさに職人技です。完成まで時間のかかる制作作業となりますが、「周囲の人からの反応が制作の原動力になっています」と、坂本さんは微笑みます。地域のお祭りに出店した際も、多くの人たちから声をかけられたそう。彼女の作品が多くの人を惹きつける理由。それは、クスッと笑顔になれるようなユーモアが盛り込まれているから。こぼれたお味噌汁に食べかけのショートケーキ、残された鮭の皮や骨、剥きかけのみかんなど…それらからはまるで、人の気配、時間の流れ、そこで交わされた会話などが連想されるような、自然な空気感が滲み出ています。「バナナの皮を模したフィギュアを食卓に置いておいたら、お父さんが片づけなさいと言い出して。ネタばらしをしたら悔しがっていました」と、坂本さんはクスクスと笑みを浮かべていました
さて、モンブラン作りもいよいよ終盤に差し掛かってきました。おっとりとした優しい話しぶりとは裏腹に、テキパキと手際よく作業を進めていく坂本さん。おもむろに取り出したのは歯科技工士などが使用する専門の工具。様々な用途に合わせた多種多様な工具を巧みに使いながら、表面の凹凸や質感を表現していきます。こうした工具などもご家族の協力があって少しずつ揃えていったもの。
「長年辛い症状を抱え大変な時期もありましたが、フードフィギュアを作るようになってから、前向きな性格になったように思います」と、傍で彼女を見守る母・弘美さんは、黙々と作業をする娘の姿を嬉しそうに見つめます。そうこうしているうちに、本物と見間違えてしまいそうなほど美味しそうなモンブランが完成。坂本さんはひとしきり満足そうにそれを見つめては、ぎこちなく、少し照れたような笑みを浮かべていました。