ようがんばってますなあ

『やまなみ工房』の朝。駐車場に次々と入ってくる送迎バスの一台から、人一倍足早に玄関へ歩いていく人がいます。彼はすぐさまウォータージャグを運び、食堂のテーブルを拭き、段ボールを抱えて走り、シュレッダーのゴミをまとめる。ジリジリと夏の日が照る中、額から大粒の汗が流れ、背中には大きなしみができていました。いつしか時計の針はお昼前に。次は一体どこへ…。
「やーまーぎーわーまさみさん! ようがんばったなあ! いただきます!」

大きな声が響く先は、施設内にある小さな東屋。山際正己(やまぎわ まさみ)さんはようやくベンチに腰を下ろし、風に揺れる木々を眺めながらお昼ご飯を食べていました。
「一切見返りを求めることなく動き続けているのは、彼の人間的な優しさですよね。正己くんがここに来てもう35年以上になりますけど、当初はなかなか集団の中で活動するのが苦手だったんです」

せかせかと走り回る正己さんの姿を優しく見つめるのは、施設長の山下完和(やました まさと)さん。これまでの歩みを振り返りながら、彼の作業部屋を案内してくれました。
「今日も“正己地蔵”ようがんばったなあ! 日本一やな!」 同じ部屋で作業をする他の利用者が昼食で席を外すお昼時。静かな作業部屋には彼の声だけが響いていました。両手に粘土を持つ彼の表情は、忙しかった先程までと打って変わってどこかにこやか。

「“正己地蔵”を作り始めたのは1992年から。その数は既に20万体を超えます。かつてスタッフがかけた何気ない労いの言葉を彼は大切に覚えていて、今では必ず口にするお決まりの一言になりましたね(笑)」

棒と球体をつなぎ合わせ、器用に両手で目を貼り付け、穴をあける。次に分厚い唇と帽子を貼り付け、最後にぐるりと腕を巻き付けたら、彼の代表作である“正己地蔵”の完成。それらの群れは圧倒的な存在感を放ちつつも、一つひとつ表情が異なり、まるでポカンとこちらを見つめているかのような佇まいが、なんとも愛おしい。
「たまたま彼が心地良くいられるのがこのルーティンなんですよね。アートに無頓着な僕にとって、利用者がただにこやかにいてくれることが何より大切で。30年間で周囲からの見方も大きく変わりましたが、彼のスタイルは何も変わらない。その姿勢を尊敬していますし、一人の人間としての魅力を知ってもらえたら嬉しいです」

気づけば山積みの粘土は小さな地蔵に姿を変え、彼の姿はもうありませんでした。きっとまた、どこかで忙しく働いているのでしょう。正己さん、本当に精がでますなあ。