のようなもの
筆を何かに押し当てる連続した音と、声高な鼻歌が部屋の中から聞こえてくる。週に1回、この1時間。その音は、かれこれ10年間もの間鳴り続けています。扉の向こうでは一人の男性が、あるものを作っているようです。
「それはなんですか?」複雑で不思議な曲線を描いた造形物です。表面はマーブル柄で、それはなんとも形容できない。岩のような、山のような、生き物のようにも見えます。
「それはどんな素材でできていますか?」木の板に画用紙を貼って、その上にチラシなどの紙の切れ端を貼り重ねていったもの。それらを接着しているのは、水で溶かした木工用ボンドです。紙は主にコート紙と呼ばれるつるつるとした手触りのものが使われています。
「彼はなんのためにそれを作っているのですか?」わかりません。けれど、一度始めると休むことなく、ひたすらにボンドを筆で塗りつけては、細かくカットした紙を貼り付けています。始めはコラージュを制作していたそうですが、いつしか一部分に紙を貼り重ねていくようになったようで、そこだけ山のように少しずつ盛り上がっています。作ることを目的に作っている。もしかしたら何か完成させようと作っているわけではないのかもしれません。
「ひたすら貼り重ねていくだけですか?」貼り重ねたそれの表面を、電動工具やサンドペーパーで削り、磨き上げていきます。この工程は『社会福祉法人にじの会 にじアート」支援員である、千葉鉄也さんのアイデアによるもので、二人が共にそれを作り始めてから、およそ10年が経ちます。
「それは完成にどのくらいの時間を要するのですか?」作業自体はおそらく想像しているよりも早いスピードで進められていきますが、完成まで2年ほどかかるものもあれば、もっと長い時間を要するものもあります。最近では以前とは違い形が複雑になってきていますので、更に時間がかかるようになったようです。もしかしたら、少しずつそれが、「人にみられるもの」であるという意識が形に表れてきているのかもしれません。
「岩のような、山のような、生き物のような。それは一体なんですか?」彼の認識を推し量るのであれば、制作過程の結果として出来上がった“作品”。のようなものだと思います。