雑踏展

  • ノナカ ミホ
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  • Miho NONAKA
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  • 2023年/257mm×182mm/イラストレーションボード、ジェルボールペン

  • 2024年/257mm×182mm/イラストレーションボード、ジェルボールペン

  • 2024年/258mm×138mm/イラストレーションボード、ジェルボールペン

白黒の迷路の行方

初めて彼女の作品を見た時、イラストボード一面に描かれたボールペンの黒い線の集合体に、えも言われぬ引力を感じた。それらは下書きもなく、あてもなく繋がれた線なのだという。白黒の迷路の行き先に誘われていくような感覚。

「描いている時はいろんなことを忘れられるんです。何かをイメージしているわけではないので、観る人の主観で自由に感じ取ってもらえたら」

完成がどうなるのか自分でもわからないと、凛とした表情で語る彼女。訪ねたのは、光が斜めに差し込む白く四角い部屋。軽く会釈を交わし、静かに腰を下ろす。取材が始まると、彼女は沈黙に左右されず自分のペースでゆっくりと記憶の線を辿っていった。周囲に馴染めずにいた小学生時代のこと、スケッチブックに描き続けた空想の少女、抱き始めた社会との隔たり、そして唯一の楽しみであった母親とのドライブ。少しずつノナカさんを作り上げてきたいろんな景色たちが、目の前を巡るような感覚があった。そして、時折こちらへ向けられる黒く深い瞳には、何かを乗り越えてきたような強さと、清々しい決心のようなものを感じた。

数年前の入院生活中、慣れない環境に戸惑うノナカさんに優しく話しかけてくれたある女性がいた。そんな彼女の退院が決まった時、お祝いとして似顔絵を描いて渡したのだという。「自分の描いた絵で人を喜ばせることができた初めての経験でした」。その女性が喜んでくれたことが、彼女にとって大きな原体験となった。すると、その出来事を知った主治医から「絵を仕事にしてはどうか?」との助言が。デイケア絵画プログラム講師である美術家の上野玄起さんを紹介され、退院後に通い始めるようになった。「彼女の中から湧き出てくる“なにか”。ノナカミホという人間を知れば知るほど、その作品に引き込まれていくんです」。初めての個展の開催をサポートして以降、彼女の活動を支えてきたのだと上野さんは言う。「彼女は対話することを諦めなかった。だからこそ今の作品があるんです」。常に自分自身と対話しながら創作に打ち込む作家として敬意を持ち、優しい眼差しを向けていた。隣で照れ臭そうにしている彼女のはにかんだ笑顔もまた印象的だった。

「たくさんの方々に助けてもらって、全てがいい方向に変わっていったんです。まるで自分じゃない誰かになっていくような」

絵を通して人とコミュニケーションを取れるようになったこと、新たに作家の友人ができたことなど、作品を通して、今まで思うように上手くいかなかった自分からの変化を実感していると言うノナカさん。「作品=居場所。安心できる場所であり、逃げてもよい場所。自分の居場所が出来たことが嬉しいんです」。最後にそう話してくれた彼女は、とても清々しい表情を浮かべていた。まるで“白黒の迷路”の中で迷う日々から、ふっと抜け出したかのように。

静かな部屋で黙々と作品と向かい合うノナカさん。線を描く手元に迷いはなく、心が赴く方向へとペン先を走らせながら、彼女にしか表現できない描線が繋げられていく。
ノナカさんの活動をサポートする美術家・上野玄起さん。週に一度のデイケア絵画プログラムで作品作りの進捗や近況などコミュニケーションを図っている。
個展を開く度に足を運んでくれる方も増えているのだそう。「自分のことを好きになってくれて、会いに来てくれることが嬉しい」と、作品を通して人とコミュニケーションが取れることへの喜びの表情を滲ませるノナカさん。

PROFILE PROFILE

ノナカ ミホのなか・みほ

  • 1991年生まれ
  • 山梨県在住

モノクロームなのに彩りを感じる。画材は黒のボールペン。大きな面もボールペンで塗りつぶす。そのボールペンで描かれた形や塗られた黒い色は彼女の手の動いた跡。だからか今にも動き出しそうで画面に彩りを生み出す。白い画面に下書きもなく一箇所から描き始め少し眺めては次々と形を繋げていく。ある部分は直線だったり、ある部分は曲線だったり時には具象的な形が見えたり、それらの形は見る人に何かを連想させ、惹きつける。作品を描き始めた頃は無心にペンを走らせて一気に描いていたけれど今では時間をかけて作品を完成するようになった。これは画面上で変化する作品と対話する時間を大切にするようになったから。一人の作家として自分の絵を変化させていきたいという思いが芽生えたからでもある。独自の世界観を作り上げつつも変化を続けることは容易ではないが彼女が自身の内面に彩りを持ち続ける限り見る人を惹きつける作品を生み出し続けるだろう。
(美術家 上野玄起)

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