ひびのあわ

大阪府東淀川区にある『西淡路希望の家』を訪れた日、近隣のホールでは設立40周年を記念する展示が設けられ、個性豊かな作品が並んでいました。中でも無二の存在感を放っていたのが、ステージの上にふわりと垂れ下げられた“エアキャップ”。無数の粒が鮮やかに彩られたそれは、照明の明かりをやさしく纏い、温かな光を放っているかのようでした。
「うっかり画材を忘れてしまった時があって、たまたまあったエアキャップを憲子さんに渡したら、ひとりでに色を塗り始めたんですよね」

笑いながら制作の裏話を語ってくれたのが、美術部支援員の金武啓子さん。そして得意気な表情でアニメポーズを決める彼女が、東本憲子さんです。

憲子さんが参加する美術部が行われるのは月に3回、仕事を終えたあとの自由な時間。彼女は日中「クリエイト班」のメンバーとして、黙々と刺繍などの制作に取り組んでいました。施設では長年にわたり、利用者が働くことができて報酬を得ることに向き合ってきた歴史があり、制作物は専門スタッフによってプロダクト化され、ネット通販やイベントなどを通じて届けられています。働いて得たお金を自分のために使う。ここでは、そんな普通の営みが丁寧に育まれてきました。
「美術部では画材の提供と見守りのみ。エアキャップもあくまで憲子さん主体の作品で、彼女が描きたいものを尊重していますね」

時折振り返って笑う彼女に、やさしく応える金武さん。仕事の時とはまた少し違う穏やかな表情を浮かべながら、憲子さんはエアキャップに色を置いていきます。描かれるものは一見無秩序で抽象的にも見えますが、よく見るとお花や大好きなアニメキャラクターが隠れていることも。ご家族からも深い愛情を注がれているそうで、お父さんのキャンピングカーで出かけた思い出や、ここで過ごす充実した日々の一つひとつが、温かな色彩やテクスチャに表れているのかもしれません。

「すごいアーティストとは思ってほしくなくて…。憲子さんの生活も仕事も私たちと同じ社会の中にあって、そうした暮らしのなかから自然と表現が生まれてるんですよね。職員は日々支援の在り方に葛藤しながら向き合っていますけど、こうした作品を見ると、少しは過ごしやすい環境を整えられてるんかなって、救われる気がします」
彩られたエアキャップの粒は、憲子さんが過ごしてきた日々そのもの。彼女は今日もたくさんの人に見守られながら、自分の手で、この瞬間を謳歌しています。