まっすぐに

山梨県山梨市牧丘町の『そだち園』で暮らす湯泉佐智子さんは、心の中にある気持ちを、そのまま届ける人。嬉しければ喜びを全身で伝え、褒められたいときはまっすぐな眼差しを向ける。またお気に入りのスタッフさんを見かければ、ペンを手にしていても心ここにあらずになってしまうことも…。でも、描き上げた絵を抱えて小走りに近づき、ふっと恥ずかしそうな笑顔で差し出す姿は、まるで恋する乙女のようです。
「とても可愛らしい人ですよ。2人の弟さんがいるので、面倒見のよいお姉さん肌な一面もあるんです」

「こっちにおいで!」と、ちょっぴり強引に手招きをする彼女に笑顔で応えるのは、支援員の渡邉清野さん。22年にわたって佐智子さんの暮らしを見守り、アート活動のサポートもしてきました。
そんな明るく天真爛漫な佐智子さんですが、机に向かいペンを握ると、すっかり静まります。色鉛筆、クレヨン、マジック、水彩など、様々な画材で描かれる彼女の世界。迷いなく線が走り出し、人の顔のようなテクスチャがいくつか描き込まれると、その隙間は“ある文字”で埋め尽くされていきます。

「この“す”は、大好きな弟さんの名前からとった一文字なんです」。渡邉さんに見守られながら描かれていく文字や人の表情の一つひとつには、揺れ動く刹那の感情が表れているよう。その集中力はすさまじく、彼女なりの完成を迎えるまでペンが止まることはありません。

満足するまで描き終えると、真剣な眼差しをふっと緩ませ、照れくさそうに作品を見せてくれる佐智子さん。その笑顔を見ていると、ついついこちらまで嬉しくなってしまいます。壁に飾られた自分の絵をきらきらした目で眺める横顔も印象的でした。
「彼女の絵をたくさんの方に見ていただけると思うと、今まで一緒に活動してきてよかったなと思います。本人も喜んでいると思いますよ」

真剣に話す渡邉さんの隣で、ころころと興味の矛先を転がす佐智子さん。それでもきっと、互いの想いは感じ合っているのでしょう。うんうんと頷くように微笑んでいるのが印象的でした。
今頃はどんな表情で、どんな想いを描いているのでしょう。別れ際にきつく抱きしめてくれたこと。車が見えなくなるまで、大きな声で見送ってくれたこと。そうした佐智子さんの温かくてまっすぐな姿が、今も忘れられません。