心象

『社会福祉法人やまなみ会』が運営する『やまなみ工房』の一室に、岩瀬俊一さんの作業机があります。2008年からこの場所に通い、今では毎日ペンを手に創作へ向き合う日々。けれど以前は、絵を描くこととは無縁の暮らしだったそうです。
「ここに来た当初は今とは違い内職のような作業をしていました。でもある日、作業の合間にふと絵を描き始めまして。ご両親も、彼がこういった絵を描くことを知らなかったそうで、とても驚いていましたね」

そう話すのは、副施設長で支援員の早川弘志さん。静かに絵を描く岩瀬さんの姿を見て、現在のようなアート活動を勧めたことが、本格的な制作のきっかけだったといいます。
おおらかな表情で静かに絵と向き合う岩瀬さんは、引っ込み思案で少し恥ずかしがり屋。質問を受けると、視線を落としながら顔を赤らめ、ぽつりと想いを呟きます。言葉は少ないものの、共同で使う作業部屋のウォータージャグを片付けるなど、率先して作業を手伝う一面もあるのだそう。周囲への気遣いや思いやりに満ちた人柄で、家庭ではお母さんの代わりに買い物へ行くこともあるのだといいます。

題材は人や動物などさまざま。愛用のSARASA・0.7mmボールペンで細かな線を一つひとつ丁寧に重ねていきます。最近は色鉛筆で彩色にも挑戦し始めたことで表現の幅がぐんと広がり、依頼での制作も増えているのだそうです。とりわけ人を描くのが好きなのだと、早川さんの問いかけに、小さな声で答えてくれました。

活動は多岐にわたる中で、早川さんが特に印象的だったと話すのが、2024年に開催された『HERALBONY Art Prize 2024』で、岩瀬さんの作品が受賞したときのこと。東京の会場で行われた式典ではスーツ姿で壇上に立ち、なんと大勢の観衆の前でスピーチを行ったのだそうです。「緊張していたと思うんですけど、立派に話していて感動しましたね。岩瀬さん、嬉しかったですか?」。早川さんが笑みを向けると、岩瀬さんは照れくさそうに小さく頷きます。
「作品を通して人との出会いも増え、対人関係にも少しずつ慣れてきているように思います。こうした機会が、一人でも多くの人に彼らを知ってもらえるきっかけになれば嬉しいですね。そのために僕たちは、彼らが本当に取り組みたいことや、居心地の良い環境を整えていきたいと思っています」

静かで穏やかな岩瀬さんに秘められた、色彩豊かでダイナミックな心象風景。これから訪れる様々な出会いや経験が、その世界を豊かに広げていくのかもしれません。