雑踏展

  • 鵜飼 結一朗
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  • Yuichiro UKAI
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  • 《妖怪》2020年/735mm×825mm/ボール紙、マーカーペン、色鉛筆

  • 《妖怪》2021年/735mm×825mm/ボール紙、マーカーペン、色鉛筆

世界は僕等の手の中

ここ『やまなみ工房』のある滋賀県甲賀市甲南町は緑豊かなのどかな場所で、周辺には青々とした田園風景が広がり、所々なだらかに隆起した小丘の見える美しい田舎町です。
彼はオレンジ色のオーバーオールに青い帽子を被り、何かのセリフのような言葉を唐突に発しては、握った拳を小さく振り上げたり笑ったりしています。
楽しそうかそうでないかといえば、とても楽しそう。

この日取材に伺った鵜飼結一朗さんは、昨年11月にニューヨークのギャラリー『Venus Over Manhattan(ビーナス・オーバー・マンハッタン)』で個展を開くほど、アール・ブリュット業界で知らぬ人はいないアーティストのひとりです。
その凄まじい作品はぜひ直にご覧いただきたいのですが、特筆すべきはその制作過程。畳半畳ぐらいある大きなボール紙に向かい、下描きを一切せずに彼の世界を描きあげていく。
昆虫や妖怪、恐竜、アニメのキャラクターなど、古今東西様々な登場人物が次々と紙面に現れ、ぞろぞろと楽しそうに入り混じりながら、群れを成してどこかへ歩いていきます。
その一つひとつは、今まで彼が愛読してきた図鑑や画集、また、幼い頃に見たアニメやゲームなどで目にしたもの。
250色ものマジックペンを繊細に使い分け、迷いなく、思いつくままに筆を進めていくのです。

一方で、公共施設のトイレを几帳面に掃除しているのも、同じ鵜飼さん。水道から床まで隅々まで一心不乱に磨き上げていく様子は、まさに作品制作さながらの集中力です。「1日1回これをやらんと怒っちゃうこともあるぐらい、結一朗君にとっては欠かせないルーティーンなんですわ」と、担当支援員の棡葉昌大さんは、彼を見つめながら、優しい笑みを浮かべます。そこでも彼は時折宙を見つめ、何か楽しいアイデアを捕まえたように拳を掴むと、さっきと同じようにご機嫌な声を響かせます。

「ここに通っている人たちは、皆それぞれの世界の幸せを持っているんです。それ以上を無闇に求めることもなく、他者を妬んで争いを起こすこともない。」施設長の山下完和さんはそう言います。確かに、鵜飼さんをはじめとする『やまなみ工房』の皆さんを見ていると、好きなことに正直で、自分の楽しみや幸せをしっかり掴んでいる。対して自分はどうなんだろう、と。心から尊敬の念が湧いてくるのを感じました。

「結一朗君の作品を見ていると、描かれているもの全てが楽しそうなんです。ほんまのところはわからないですけど、どんな人たちでも共存していけるって、そんなメッセージがあるんじゃないかと僕は思ってるんです。」

鵜飼さんにお別れの挨拶をすると、言葉こそありませんが、少しだけ微笑みかけてくれたような気がしました。そして、わずかにそう思った最中にはもう、彼は向こうへ振り返り、大好きな自分の世界へと帰っていきました。

鵜飼さんの1日は公園の地域に点在する公衆トイレの清掃から始まる。このルーティンが崩れてしまうと落ち着いて1日を過ごすことができなくなってしまうほどだという。依頼元である行政からも、その仕事ぶりには高い評価を受けているのだそう。
右)鵜飼さんの〈妖怪〉ワールドでラッピングされた自動販売機。左)鵜飼さんの入所当時から担当を務める支援員の棡葉さん。「施設の皆からたくさんのことを教わっている」と、この仕事への想いを語る。

PROFILE PROFILE

鵜飼 結一朗うかい・ゆういちろう

  • 1995年生まれ
  • 滋賀県在住

2014年から『やまなみ工房』に所属 彼が描くものは、休憩時間にいつも眺めている大好きな図鑑から選ばれた昆虫や動物、恐竜である。描き方は独特で、モチーフをひとつ描くと、その絵に重ねるように同じ対象の生物を次々と描き、重ねるにつれ絵に奥行が生まれる。表情や動きはそれぞれ違い、生物がまるで群れになって行動しているかのような錯覚を覚える。絵画だけでなく立体作品にも取り組む彼は、絵で描く生物をそのまま陶土でも表現し、粘土の固まりから飴細工のように手や足、尻尾を器用に伸ばし丁寧に成形していく。
(社会福祉法人やまなみ会 やまなみ工房)

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